【 東京書籍の小6歴史教科書は嘘ばかり/資料で検証 】

――教科書、記載内容――
朝鮮の植民地化と世界に進出する日本 日露戦争に勝利した日本は1910年に人々の抵抗を軍隊でおさえ、朝鮮(韓国)を併合しました(韓国併合)。
 植民地となった朝鮮の学校では、日本語の教育を受けることになり、朝鮮の歴史は教えられず、朝鮮の人々のほこりが深く傷つけられました。そして、土地制度が変えられ、多くの朝鮮の人々が土地を失い、日本人の新しい地主の小作人になったり、仕事を求めて日本などに移住したりしました。こうした状況にたいして、朝鮮の人々は、独立運動をねばり強く続けていきました。
――――
【画像アリ】小6で使用されている歴史教科書…東京書籍の内容がデタラメだと話題に…
https://anonymous-post.mobi/archives/13836


anonymous post 元記事.jpg
Fig.1 東京書籍の教科書画像


①日露戦争に勝利した日本は、1910年に人々の抵抗を軍隊で抑え、朝鮮(韓国)を併合しました。

→この時、当時の政府同志が調印し合法的に半島を併合した。




②植民地となった朝鮮の学校では、日本語の教育を受けることになり、朝鮮の歴史は教えられず、

→朝鮮語の教育も行っている。朝鮮の歴史教育も「朝鮮事歴」として行った。

――PDF――
★朝鮮総督府施政年報 昭和12年度
https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M2006051220462332245
●P176(PDF-P111)三行目~【抜粋】
高等小学校(4~6学年、もしくは5、6学年(*2))に於て随時科目として朝鮮語を加えることを得しめ更に…

●P179(PDFのP112) 九行目~【抜粋】
「〇小学校令の特例」から
一、小学校には加設科目として朝鮮語を課し又之を随意科目と為(な)すことを得しむ

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Fig.2 朝鮮総督府施政年報 昭和12年度(P194/PDF P120)


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Fig.3 朝鮮総督府施政年報 昭和12年度(P196~P197/PDF P121)


――PDF――
★1920年代植民地朝鮮の普通学校における「朝鮮事歴」教授
https://www.jstage.jst.go.jp/article/socialstudies/2006/97/2006_1/_pdf




③土地制度が変えられ、多くの朝鮮の人々が土地を失い、日本人の新しい地主の小作人になったり、仕事を求めて日本などに移住したりしました、

→アレン・アイルランド著のTHE NEW KOREA(*1)によれば、58%が土地所有者、国有地を新しく開墾すれば所有出来たり、既開拓地は10年地代を払えば自分の土地に出来る制度を導入したりしているが、土地所有が理解できず、この方式(政令)は消えていく。
基本、日本人が地主になって搾取と言う構図はアレンは記録していない。むしろ、農民への融資などの政策を総督府は行っている。

Fig4_THE NEW KOREA.JPG
Fig.4 アレン・アイルランド著/THE NEW KOREA


以下、アレン・アイルランド著のTHE NEW KOREA(*1)引用

―【THE NEW KOREA(*1)-P459~P461、一部抜粋】―
 1924年の初めの朝鮮には62万7896戸の土地所有者、95万1667戸の土地所有者兼小作人、112万3275戸の小作農があった。これは個人数ではなく世帯数である。合計で270万2838戸が農業に従事する世帯数で、157万9563戸が耕作地の全てもしくは一部を所有し、112万3275戸は土地を所有していなかった。つまり、農業に従事する世帯のうち58パーセント以上が土地を所有し、その内のほとんどが、さらに土地を借りて工作していたことが分かる。
―――

Fig5_THE NEW KOREA.JPG
Fig.5 アレン・アイルランド著/THE NEW KOREA(*1)-P458~P459





④日本人の新しい地主の小作人になったり、

→総督府は初期の法令で小作農を援助する政策を行っている

―【THE NEW KOREA(*1)-P461、一部抜粋】―
 総督府の初めに頃の法令では、小さな私有地を吸収合併して大きな私有地を形成することを抑止していた。これは自作農が圧迫されていくものを防ぐものだった。
 この法令は土地所有者たちの強い所有願望を抑制するという原則に基づくもので、その後さらに、厳しい状況にいる状況にいる小作農を援助するように2つの条例の施行によって保管されている。その条例の1つは、未耕作の国有地を負担の少ない条件で貸し出し、開墾が終了したら開拓者に無料で譲渡するののだった。もう1つは、開墾された国有地を借用している小作農が、十年分割で地代を払い、土地の所有権を得ることが出来るようにしたものである。
 しかし、小作農たちに所有権の意識を持たせるのは容易ではなかった。彼らは国有地の賃貸料に加えて、土地の分割代金が請求されることを「ゆすり」だと思い込んでしまった。土地代を分割して支払って、その土地が最後は自分達のものになるとは思いもよらなかったのである。結局、この年間払いの方式は消えてしまった。…
―――

Fig6THE NEW KOREA.JPG
Fig.6 アレン・アイルランド著/THE NEW KOREA(*1)-P460~P461




⑤仕事を求めて日本などに移住したりしました。

→これはある程度事実であり、上記のような事情の元、自らの意志で日本にきた。抑圧されたり、搾取されたからではない。




⑥こうした状況にたいして、朝鮮の人々は、独立運動をねばり強く続けていきました。

→1919年の三一運動など挙げられるが、基本、上海の臨時政府が主導したとされている。併合後、半島の人口は、1910年、1313万人が、1942年に2553万人までに増加したこと(ウィキ:「日本統治時代の朝鮮」-「人口」)、併合前後の写真の比較、などの事実から大規模にしかも継続的に独立運動を行ったとは思えない。なお、人口の増加は顕著であり、20万人もの若い女性を強制連行し(軍の)慰安婦にした跡も、働き盛りの男性を強制労働させた跡も感じる事は出来ない。後はご自分で…

ウィキ:「日本統治時代の朝鮮」-「人口」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%B5%B1%E6%B2%BB%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E6%9C%9D%E9%AE%AE#%E4%BA%BA%E5%8F%A3

Fig7_ウィキ_日本統治時代の朝鮮-人口.png

Fig.7 ウィキ:「日本統治時代の朝鮮」-「人口」2019年9月25日現在


2019/09/25 : 初稿につき、誤字、脱字等あれば随時訂正します。

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